船橋でりなす日本語模様もよう4 【万代橋】  多様性と悠久性を表す「よろず」

  • 2024年04月01日

いよいよ令和6年度の開幕です。新年度の訪れとともに桜の便りもあちらこちらで聞かれるようになりました。

今年はやや開花が遅れているようですが、今週中には船橋市内の桜も満開になりそうな勢いです。海老川沿いのソメイヨシノも、ようやく数輪、ほころび始めました(3月31日撮影)。

前回の八千代橋(やちよはし)に続き、今回は数の単位が「千」から「万」へと上がって万代橋です。「よろずよはし」と読みます。

「万」は「よろず」と読みます。「万屋」(よろずや)と言えば、小規模な雑貨屋などを言いました。日常品など何でも売っている店という意味です。今で言うコンビニでしょうか。

人気アニメ「銀魂」の主人公・坂田銀時が経営する何でも屋は、「万事屋銀ちゃん」と言います。ここでは「万事」で「よろず」と読ませています。

アニメと言えば、「鉄腕アトム」や「宇宙戦艦ヤマト」といった一世を風靡(ふうび)した作品に携わった豊田有恒氏(島根県立大学名誉教授)が、2023年11月に亡くなりました。日本SF作家クラブ会長を務め、古代史にも造詣の深かった作家です。

その豊田氏と漫画家のヤマザキマリ氏の対談集『不思議の国 ニッポン』で、豊田氏はこのように述べています。

もともと神道は、キリスト教、イスラム教などのような人為的な宗教ではなく、縄文時代から自然発生的に起こってきたものですから、森羅万象を神と見なすわけです。山も川も、岩も樹木も、敬うわけです。

豊田有恒・ヤマザキマリ『不思議の国 ニッポン』(ビジネス社)

同書の中で、ヤマザキ氏は次のように語っています。

日本の八百万の神、もののけではないけれども、見えないものからメッセージや倫理を感受するという性質は、21世紀の今日に至っても、いまだに多くの人のなかにあります。

豊田有恒・ヤマザキマリ『不思議の国 ニッポン』(ビジネス社)

「八百万の神」とは、「はっぴゃくまんの神」ではなく、「やおよろずの神」です。神々の多様性を表しています。

日本は大昔から、狩猟、漁猟、農耕、温泉などを通して自然の恵みに浴してきました。そして、その自然は一方で、地震や津波、台風、洪水、旱魃(かんばつ)などの脅威をもたらしてもきました。

そうした経験から、日本人は太陽や月だけでなく、豊田氏も言っている通り、山や巨岩、巨木や滝など、森羅万象、様々な自然物に神を感じ、崇拝してきました。やがて神聖さを感じた場所に神社や祠(ほこら)を建て、守ってきたのです。

2023年11月に生誕150周年を迎えた作家の泉鏡花は、小説『海異記』の冒頭部分に以下のように記しています。

千代万代(ちよよろずよ)の末(すえ)かけて、巌(いわお)は松の緑にして、霜(しも)にも色は変えないのである。

泉鏡花『海異記』(『新編泉鏡花集第四巻』岩波書店所収、現代語に改めました。)

「数え切れない年代を重ねて、巌(高く突き出た大きな岩)は、松の緑色に覆われ、霜が降り注(そそ)ごうとも、その色は変わらないのである。」という意味です。

「千代」(ちよ)は単に千年の時代ではありません。「万代」(よろずよ)も同じく単に一万年の時代を言うのではなく、とても数えることができない悠久性を表します。

また、「八千代」や「八百万」の「八」も単に数字の8ではなく、数の多さを指しています。

江戸(今の東京)の「八百八町」(はっぴゃくやちょう)に対し、大坂(今の大阪)の「八百八橋」(はっぴゃくやばし)という言葉があります。江戸の町、大坂の橋の多さを強調した表現です。

「八百屋」(やおや)と言えば、多くの野菜や果物を売っている店ということですが、数も種類も多いということです。

 

「君が代」の歌詞は世界最古!

天皇の命により選ばれた『古今和歌集』(西暦905年成立)には次のような有名な序文があります。

やまと歌は、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける。

「日本の和歌は、人の心をもとにしており、様々な言葉となったものである。」といった意味です。

日本の国歌は、その歌詞が世界最古であるとギネスブックに掲載されているほど、実に長い年月を経て今に至る歌です。

君が代は 千代に八千代に さざれ石の 巌(いわお)となりて 苔(こけ)のむすまで

元来は『古今和歌集』に収められた詠(よ)み人が不明な和歌で、下記の歌です。

我が君は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで

当初は「我が君」(私の大切な人)という表現が後代、「君が代」に変わっていきました。

「君が代」の意味するところについて、日本政府の見解では、「天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とする我が国のこと」としています(第145回国会本会議<衆議院>における小渕恵三内閣総理大臣の答弁)。

『古事記』(西暦712年成立の神話を含む日本の歴史書)には、次の二柱(ふたはしら)の神が日本国の国土を創ったとされています(「柱」は神の数え方)。

男神:イザナキノミコト(イザナギノミコト)

女神:イザナミノミコト

イザナ「キ」とイザナ「ミ」――二柱の「キ」と「ミ」から「君」で、「君が代」とは男女からなる我が国を指すとの主張もあるようです。

船橋大神宮とも呼ばれる意富比神社(おおひじんじゃ)は、イザナキノミコトとイザナミノミコトを両親にもつとされるアマテラスオオミカミを祭っています。

いずれにせよ、幾千年と悠久な時を経て、小さな石が巨岩となって苔で覆われるまで、平和な国が続きますように、との願いが込められているのです。

万代橋の欄干は波のようにうねった形をしていて、そこには人と海の生物の共生の様子が描かれたレリーフが施(ほどこ)されています。

海に囲まれた我が国が千代にわたって自然の恩恵を受けてこられたように、これからも万代にわたって自然と共生する日本でありますように。また、そうした安穏な世界でありますようにと、願うばかりです。