船橋でりなす日本語模様もよう13【八栄橋】 スポーツ健康都市の象徴「汗一平」くん

  • 2024年06月03日

JR船橋駅北口には「スポーツ平和健康宣言」と書かれた行政立て看板があります。

また、船橋駅の北側にある天沼(あまぬま)弁天池公園の時計の下には「スポーツと平和を愛する、まちづくり」とあります。

1983年(昭和58)年、船橋市は「スポーツ健康都市宣言」を行いました。

「スポーツ健康都市宣言」

私たち船橋市民は、地域に根ざしたスポーツ活動を通じて健康で豊かな心とからだを育て、活力ある近代的な都市をめざして、ここにスポーツ健康都市を宣言します。

一、 市民一人ひとりがスポーツに親しみ、健康な生活を営もう。

一、 みんなでスポーツを楽しむ機会をつくり、こどもを健やかに育てよう。

一、 スポーツを通じて、いきいきとした地域の輪を広げよう。

一、 スポーツを通じて多くの仲間とふれあい、はずむ心を世界に伸ばそう。

その際、キャラクターのデザインを一般公募して生まれたのが「汗一平(あせ・いっぺい)」くんです。

10周年の1993年(平成5)年にはガールフレンドも誕生。名前は「風さやか」ちゃんです。

汗一平(船橋市広報課)

風さやか(船橋市広報課)

八栄橋(やさかえはし)には、このスポーツ健康都市のシンボルである汗一平の像が、様々な運動ポーズで設置されています。

「汗」という言葉は、慣用句にも次のように多く登場してきます。

汗水たらす

血と汗の結晶

額(ひたい)に汗する

血の汗

玉の汗

手に汗握る

冷や汗をかく

汗顔(かんがん)の至り

上記の慣用句からは、努力や根性、緊張といったイメージが浮かんできます。

「スポ根」という言葉は「スポーツ」と「根性」を合わせて短縮した造語です。まさに血の汗を流しながら努力して、スポーツに取り組み成長していくという意味です。そうした主人公の姿を描いた漫画やアニメがかつて人気を博しました。

その代表作とも言えるのが『巨人の星』(原作:梶原一騎、作画:川崎のぼる)という野球漫画です。1968年(昭和43年)に放映されたアニメの主題歌「ゆけゆけ飛雄馬」の歌詞は3番までありますが、「血の汗流せ 涙をふくな」という歌詞は共通です(作詞:東京ムービー企画部)。

 

元は仏教用語の「根性」「あきらめる」

「根性」は、元は仏教用語で、仏教の教えを受持する者の素質のような意味でした。そこには良いも悪いもありませんでした。

漢字からそのまま考えても、人の根っこの部分にある性質なので、本来、良いものと悪いものとあったはずです。しかし、古くから、どちらかと言うと悪い意味で使われることが多かった言葉です。

ひがみ根性

島国根性

野次馬根性

盗人根性

負け犬根性

それが、スポーツ漫画やスポーツ教育などの影響もあり、今では良い意味の「根性」で使う場合が多くなったと指摘する人もいます。

『精選版 日本国語大辞典』には「苦しみや困難に耐え、事を成し遂げようとする強い気力。根気」と掲載されています。

彼の根性は見習うべきだ。

見上げた根性だ。

私は根性でこの仕事を成功させました。

本来、良し悪(あ)しのどちらでも言える言葉が、一方に傾(かたむ)いて使われがちな言葉は他にもあります。

「天気がいい。」「天気が悪い。」と両方に使われるものの、ゴルフ漫画『あした天気になあれ』(ちばてつや)のタイトルのように、「天気=好天=晴れ」と使用することがあります。

あした天気になあれ (天気=好天)

「社長は部長をどのくらい評価しているのだろうか。」という場合は、部長の評価についての高低を問題にしています。

ところが、「社長はどの部長を評価しているのだろうか。」と言えば、「どの部長を高く評価しているか」という意味です。

本来、評価には高低があるはずですが、「評価」だけでそこに「高い評価」という意味が込められています。

社長は部長をどのくらい評価しているのだろうか。(評価の高低が前提)

社長はどの部長を評価しているのだろうか。(高評価が前提)

スポーツ漫画から「根性」といったイメージは次第に薄れてきますが、主人公が努力を重ねて成長していくというコンセプトは引き継がれていきます。

海外でも人気のアニメ『SLAM DUNK』(井上雄彦)はバスケットボールに打ち込む物語です。

「人気」(にんき)という言葉も、本来、人気がある場合、人気がない場合があるのに、「人気」と言うだけで「人気がある」という意味だと分かる場合が多いです。

『SLAM DUNK』の中で、高校バスケ部の監督が生徒にかけた言葉が名言となっています。

あきらめたらそこで試合終了ですよ。

『SLAM DUNK』(井上雄彦)

試合の途中で心が折れ、続行を断念したなら、もうそこで君にとっての試合は終了したことになる。このような意味です。

「あきらめる」も、元は仏教用語です。古語に「あきらむ」とあり、その意味は、「明らかにする」「心を晴れ晴れとさせる」です。とても良い意味です。

物事の本質を明らかにした上で、見極めをつけ、断念するということから、現代の意味になったようです。

船橋をホームタウンとするプロのバスケットボールチームがあります。「千葉ジェッツ」です。小学校を訪問してバスケットボール教室を開いたり、船橋駅前のゴミ拾いボランティアに参加したりと、地域貢献に力を入れています。

 

自喜力と他喜力で相乗歓喜

八栄橋のすぐ近くに、マラソンのオリンピックメダリストである有森裕子さんの足型の記念碑があり、「有森裕子選手の栄光をたたえる」と刻まれています。

富士見橋から、さくら橋、鷹匠橋を経て八栄橋までの約1キロはジョギングロードになっています。通称“有森ロード”です。海老川沿いは現役時代の有森さんの練習コースだったのです。

有森さんはスポーツを通じて知的障がい者の社会参画を促す活動などに力を入れています。インタビューに応えて、次のように語っています。

もともと走ることが自分の生きる手段で、それを大きく飛躍させてくれたのがオリンピックですけれども、根底にはいつだって自分に何かコレというものが持てたら、それを最大限に生かして自分の人生を発展させていきたいという思いがあります。

(中略)

最初は自分を喜ばせる「自喜力(じきりょく)」があり、そんな自分を一生懸命に大きくしていって、それを成し遂げた先に今度は他人が喜んでくれる「他喜力(たきりょく)」があるという考え方や体験が、今日のいろいろな活動になっています。

日本スポーツ政策推進機構編著『スポーツが時代の壁を破る スポーツフロンティアからの政策提言』(ベースボール・マガジン社)

「自喜力」と「他喜力」――自分も喜び、他人も喜ばせることができる、言うなれば、自他の連続歓喜、相互歓喜、さらには相乗歓喜とも言える力が、スポーツの醍醐味(だいごみ)なのかもしれません。